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広島地方裁判所 昭和31年(行)11号 判決 1960年1月25日

原告 藤岡伝六

被告 広島国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三一年六月一一日なした原告の昭和二九年分所得額を九四〇、〇四二円と更正した処分のうち、四七三、八九六円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、松江市殿町八二番地において「松葉亭」という屋号(以下本店という)を使用して、また同町三〇番地において「松葉亭支店」という屋号(以下支店という)を使用して料理業を経営しているものである。

二、原告は、昭和二九年分所得額確定申告をなすに当り、同三〇年三月一五日附をもつて、総所得額を七六七、三七六円(売上収入額三、九九三、四九〇円より支出額三、二二六、一一四円を控除した額)とする確定申告書を訴外松江税務署長宛に提出した。しかるに、同税務署長は、同年七月八日附をもつて、原告の昭和二九年分所得額を一、〇七二、五二〇円と更正決定したので、原告はこれを不服として、右税務署長に再調査の請求をしたところ、右税務署長は、原告の請求を一部理由ありと認め、同年八月二二日、原告の所得額を九八八、五二〇円に減額更正する旨決定し、原告は該決定の通知を同月二四日受領した。しかし、原告は、右決定にも不服であつたので、同年九月二一日、被告に対して審査の請求をしたところ、被告は同三一年六月一一日、原告の請求を一部理由ありと認め、所得額を九四〇、〇四二円に減額更正する旨の決定をした。

三、しかしながら、被告のなした右更正処分は次の理由により違法である。即ち、原告の昭和二九年中の総所得額は、営業所得四三七、三七六円(売上収入額三、六六三、四九〇円より支出額三、二二六、一一四円を控除した額)及び配当所得三六、五二〇円の合計四七三、八九六円にすぎないのであつて、被告のなした更正処分による金額は単なる推定にもとづくもので著しく事実に反する。殊に、原告が昭和二八年一一月以降支店を開業したことに関連し、被告は原告の売上収入額乃至所得額を過大に評価している。即ち、原告はその長女美子を支店の責任者として料理業を開始したが、右美子は昭和二九年二月中病弱で入院加療し同年三月退院後、家出して漸く一年後に復帰したが、右の如き家庭上の事情と開店後日時も経過していないこと等のため、昭和二九年中の支店における営業は、経費のみ多額を要し、その反面、売上収入額は僅少であつたのである。被告は右の点を看過し。不当に高額の評価をしている。もつとも原告は確定申告をなすにあたり、昭和二九年中の売上収入額を三、九九三、四九〇円、所得額を七六七、三七六円として申告しているが、右金額のうち、三三〇、〇〇〇円を除く部分は原告が日々記帳した整理簿並びに台帳等より摘出した具体的計数に基く正確な数額であり、右三三〇、〇〇〇円については、原告が訴外松江税務署長に対し確定申告をなす当時、同税務署長から、原告の所得額を一、四五〇、〇〇〇円とする旨の内示があつたため、原告はこれに歩みよる意味から、やむを得ず売上収入額としては存在しなかつたのに、便宜、本店八〇、〇〇〇円、支店二五〇、〇〇〇円の各金額を収入として架空計上したものに過ぎない。従つて、前示申告の売上収入額は事実に沿わないものである。

四、従つて、被告のなした更正処分のうち、右四七三、八九六円を超える部分については、結局、所得のないところに所得を認めた違法があるから、四七三、八九六円を超える部分についての取消を求めるため本訴に及んだと述べ、原告主張の所得額算出計数額の内容は、次の通りであると附陳した。

(一)  売上収入額  三、六六三、四九〇円

(内訳)

料理収入  一、七三三、七〇〇円

うなぎ丼類 一、一五二、五九〇円

酒類      七五一、八五〇円

その他      二五、三五〇円

(二)  支出額((1)と(2)を加算した額) 三、二二六、一一四円

(1)  原材料仕入   二、〇四〇、三九九円

(内訳)

酒類仕入    四六四、二八〇円

その他   一、五七六、一一九円

(2)  営業用経費((イ)から(ロ)を控除した額) 一、一八五、七一五円

(イ) 経費合計  一、四三五、七一五円

(内訳)

固定資産税    一九、一六〇円

事業税      五四、〇〇〇円

その他公課     二、九四〇円

ガス代      七六、〇六七円

電灯代      一九、〇七三円

水道代       八、二二七円

電話通信費    八五、四九一円

木炭代      六六、〇〇〇円

組合費      一五、六〇〇円

組合特別負担金  二〇、〇〇〇円

修繕費      一〇、〇〇〇円

冷凍代      四〇、六五七円

交際費      一三、〇〇〇円

広告費      一五、〇〇〇円

雑費        七、〇〇〇円

雇人費     三〇一、〇〇〇円

減価償却費    九二、五〇〇円

遊興飲食税   三八〇、〇〇〇円

使用人賄費   二一〇、〇〇〇円

(女中六人・板前一人、一人当り月二、五〇〇円の割合)

(ロ) 家庭用経費   二五〇、〇〇〇円

(内訳)

家族副食費    九〇、〇〇〇円

(大人一人・子供三人、一人当り月一、五〇〇円の割合)

光熱費      三四、〇〇〇円

使用人食費   一二六、〇〇〇円

(女中六人・板前一人、一人当り月一、五〇〇円の割合)

(三)  営業所得額((一)から(二)を控除した額) 四三七、三七六円

(四)  配当所得額 三六、五二〇円

(五)  総所得額((三)と(四)を加算した額) 四七三、八九六円

(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁並びに主張として、

一、原告がその主張のような料理業を経営していること、原告主張のような確定申告がなされ、これに対してその主張のような更正決定がなされたこと、更に、その主張のような再調査・審査の各請求がなされ、主張のような各決定がなされたこと、配当所得が原告主張の通りであることは、何れも認めるが、その余の事実は争う。

二、被告は原告の審査の請求に対し、昭和二九年中の総所得額を、営業所得九〇三、五二二円、配当所得三六、五二〇円、合計九四〇、〇四二円と認定して原決定を減額更正したものであるが、この点については何等の違法も存しない。被告が認定した所得額算出計数額は、次の通りである。

(一)  売上収入額   三、九九三、四九〇円

(内訳)

料理収入  二、〇六三、七〇〇円

うなぎ丼類 一、一五二、五九〇円

酒類      七五一、八五〇円

その他      二五、三五〇円

(二)  支出額((1)と(2)を加算した額) 二、九六六、四五三円

(1)  原材料仕入 二、〇〇二、六四二円

(内訳)

中島魚店    三七四、〇〇三円

酒類仕入    四五九、二二〇円

うなぎ仕入   五八三、五九四円

八百富店    三二六、三一四円

かまぼこ代    二八、二〇〇円

加藤肉店     七四、三六七円

米代      一〇三、七一〇円

折箱代       三、四一九円

うなぎ現金仕入  二七、三一五円

その他      二二、五〇〇円

(2)  営業用経費((イ)から(ロ)を控除した額) 九六三、八一一円

(イ) 経費合計 一、一四一、八一一円

(内訳)

固定資産税    一九、一六〇円

事業税      五四、〇〇〇円

その他公課     二、九四〇円

ガス代      七六、〇六七円

電灯代      一九、〇七三円

水道代       八、二二七円

電話通信費     五、四九一円

木炭代       四、七三五円

組合費      一五、六〇〇円

組合特別負担金  二〇、〇〇〇円

修繕費      一〇、〇〇〇円

冷凍代      四〇、六五七円

交際費      一三、〇〇〇円

広告費      一五、〇〇〇円

雑費        七、〇〇〇円

雇人費     三〇一、〇〇〇円

減価償却費(定額法による)

七三、一五三円

遊興飲食税   三二六、七〇八円

(ロ) 家庭用経費 一七八、〇〇〇円

(内訳)

家族八人副食費 一四四、〇〇〇円

光熱費      三四、〇〇〇円

(三)  営業所得額((一)から(二)を控除した額) 一、〇三七、〇二七円

(四)  配当所得額 三六、五二〇円

(五)  総所得額 一、〇六三、五四七円

三、被告が原告の売上収入額を三、九九三、四九〇円と認めたのは、つぎの理由による。即ち、原告方に存する帳簿等には正確な記載がなされておらず、帳簿外にも売上収入額の存することが窺知できる状況にあつたので、被告は原告提出の確定申告書を参照し、更に、現存の原告の帳簿等につき合理的な調査を加えた上、広島国税局作成にかかる所得業種目別効率表に則り(右効率表は広島国税局管内の各業種目毎に青色申告書等帳簿を調査備付け、しかも、その業態が中庸であつて特別の事由がないと認められる納税者について適確な売上収入額をした多数の資料を基確として作成せられたものである)、売上収入額を算出したところ、四、一四一、六二〇円という数額が算出された。この数額は原告の確定申告にかゝる売上収入額三、九九三、四九〇円を上廻るものであるが、被告としては一応原告申告の三、九九三、四九〇円を以て妥当なものと考え、これを承認したものである。

四、被告が、家庭用経費中、家族八人副食費として一四四、〇〇〇円を計上したのは、原告方には扶養家族八人及び原告本人及び藤岡勝広が同居していたが、右のうちには幼児がいたこと等を勘案して八人とし、一人当り一、五〇〇円の割合として算出したものである。

五、従つて、被告のなした更正処分には何ら違法はないから原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

一、原告が松江市殿町において料理業を経営していること、原告は昭和三〇年三月一五日附を以て訴外松江税務署長に対し昭和二九年中の売上収入額を三、九九三、四九〇円所得額を七六三、七七六円とする確定申告をなし、同税務署長はこれに対して同年七月八日附を以て所得額を一、〇七三、五二〇円とする旨の更正決定をなしたこと、原告は更に再調査の請求をなし同税務署長は同年八月二二日、右を九八八、五二〇円に減額更正する旨の決定をしたこと、原告は同年九月二一日、被告に対し審査の請求をなし、被告は同三一年六月一一日、所得額を九四〇、〇四二円に減額更正する旨の決定したこと、原告の昭和二九年中の配当所得が三六、五二〇円であることは当事者間に争いがない。

二、そこで、原告の昭和二九年中の総所得額が被告主張の通り九四〇、〇四二円となるかどうかについて判断する。

(一)  原告の売上収入額について

原告は昭和二九年中の売上収入額として三、九九三、四九〇円(所得額の点は次項に譲る)を申告したが、右金額のうち、三三〇、〇〇〇円(本店分八〇、〇〇〇円、支店分二五〇、〇〇〇円)は訴外松江税務署長より原告の所得額を一、四五〇、〇〇〇円とする旨の内示があつたため、これに歩みよる意味から事実は売上収入額として存在しないのに、便宜架空計上したものに過ぎないから、原告の真実の売上収入額は三、六六三、四九〇円にすぎないと主張するが、納税義務者において一旦申告書を提出した以上は、その申告書に記載された売上収入額が真実に反するものである旨主張する場合には、申告者において、かゝる事実の存在を立証することを要し、これが立証のない限り、その申告にかゝる金額を真実のものであると認めるのを相当とするから、原告主張の事実が存するかどうかにつき考えるに、証人福井久信の証言によれば、原告においてその売上収入額が三、六六三、四九〇円であることの根拠となしている甲第三号証の一乃至二七は、昭和二九年中の原告の売上収入額及び納付した遊興飲食税の金額を正確に示すものとは到底認めることができないから、右甲第三号証の一乃至二七、及び、これに基いて作成せられたその他の甲号各証(但し、甲第五、六号証を除く)を以ては、原告の同年中の正当な売上収入額が三、六六三、四九〇円であるとは認め難い。証人宮田義子・同永野熊吉の各証言中、右の認定に反する部分は信用できない。更に、証人永野熊吉の証言中には、確定申告に際し売上収入額中に三三〇、〇〇〇円(本店分八〇、〇〇〇円、支店分二五〇、〇〇〇円)を記帳洩額として計上したが、右三三〇、〇〇〇円は真実の収入がないのに拘らず収入ありとして計上された虚偽のものである趣旨の供述がなされているが、右の供述も亦、証人福井久信・同和田計夫の各証言に照し、容易に信用し難い。そして、他に原告の主張事実を認めるに足る証拠は全然見当らない。そうすると、特に被告においてその数額を争わない本件においては、原告の申告にかゝる売上収入額三、九九三、四九〇円をもつて真実のものと認めざるを得ない。

(二)  原告の遊興飲食税額について。

原告は、営業用経費のうちに遊興飲食税として三八〇、〇〇〇円を計上しているが、成立に争いのない乙第一二号証によれば、原告の昭和二九年中の遊興飲食税の金額は被告において計上している通り三二六、七〇八円であることが認められる。右認定に反する甲号各証(甲第五、六号証を除く)及び証人宮田義子・同永野熊吉の各証言の一部は容易に信用できない。

(三)  原告の営業用経費について。

原告は、支出額において原材料仕入費を計上している外に、営業用経費中に使用人賄費二一〇、〇〇〇円を計上しているが、料理業の経営において、原材料を仕入れる場合は、営業用の材料と使用人賄用材料は特別の事情のない限り、特にこれを区別することなく一括して仕入れるのが常態である。従つて、特別の事情の認められない本件においては一方において原材料仕入費を計上している以上は、これに使用人賄費も包含して計上されていると見るのが相当であり、営業用経費中に使用人賄費を計上することは不当であると言うべく、更に原告は家庭用経費中に使用人食費一二六、〇〇〇円を計上しているが、かかる経費は家庭用経費ではないからこれを計上するの要なきものと言はねばならない。

(四)  原告の支出額について

原告主張の所得税算出計数額中、右(二)及び(三)の点を除くその余を原告の利益のため仮にその主張とおりとしてその支出額を算出すると、原告の支出額は、原材料仕入費二、〇四〇、三九九円、営業用経費一、〇四八、四二三円(経費合計一、一七二、四二三円より家庭用経費一二四、〇〇〇円を控除したもの)の合計三、〇八八、八二二円となる。

(五)  原告の総所得額について。

従つて、原告の営業所得額は前認定の売上収入額三、九九三、四九〇円より右支出額三、〇八八、八二二円を控除した九〇四、六六八円となり、これに前認定の配当所得額三六、五二〇円を加算すると原告の総所得額は九四一、一八八円となる。従つて、原告の総所得額は、被告がなした更正決定額九四〇、〇四二円を一、一四六円超過する計算となる。

三、そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の昭和二九年中の総所得額は尠くとも被告のなした更正決定額九四〇、〇四二円を超えるものであることは明白であり、従つて、原告に存する所得額の範囲内においてなした本件更正処分は適法なものであつて、取消すべき違法は何ら存しないと言わなければならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大賀遼作 小池二八 上野国夫)

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